2024年5月11日 0037:「正しいを疑う」
社会で常識とされていること、当たり前だと思われていることはたくさんありますが、本当にそうなのか。また、いろんな人が「自分は正しい」と主張しているが、その正しさは本物なのか、誰がそれを決めるのか。多くの人が「正しい」と決めたら、それにはもう異議を挟めないのか・・・・・。(「疑う力」 著者:真山仁 文春新書) 小説「ハゲタカ」で一斉を風靡し、その後も様々な社会問題に鋭く切り込む小説を書き続けている真山仁さんにお会いする機会がありました。「正しいを疑う」は真山さんの座右の銘で、小説を書く際にも常に構想の骨格にある大切なテーマだそうです。 ここ数年、「多様性」という言葉を聞く機会が増えてきました。そもそも人間はひとりひとり違った外見を持っているように、価値観や考えといった内面的な要素も違っているので、その一つ一つを認めましょう。といった文脈で語られることが多いように感じています。 日本人は単一民族、単一国家だから多様性が少ない、と言われることが多いのですが、私はこの意見には違和感を持っています。日本人は民族こそほぼ単一ですが、北は北海道、南は沖縄まで季節や風土に大きな違いがあります。また日本人のルーツを遡っても、シベリアからオホーツク海を渡ってきた人々、中国、朝鮮を経由してやってきた人々、南方から黒潮に乗ってたどり着いた人々など、様々な背景を持った人々が集結し混血していった歴史があります。実に多様な国民なんです。 では、なぜ日本人は多様性が少ないと言われてきたのか。僕の仮説は近代化を支えた資本主義による大量生産、大量消費の世の中が日本人から多様性を一時的に奪っているのだと感じます。 戦後の1950年代、日本が復興する上で経済発展は必須でした。資源の少ない日本は原材料を輸入し、それを加工・製造し輸出する事で外貨を稼ぐ必要がありました。そのためには労働力が必要で、国民全員が少なくとも読み書き算盤ができるという一定水準の教育を受けられる仕組みを作りました。全ての国民に等しく教育を施すには、全国どこでも同水準の画一的な教育が必要でした。 その画一的な教育を受けた国民が企業で労働力となり、物を製造・販売する。人口も増え続け、作れば作るだけ売れた時代を1980年代まで経験します。その結果、国民所得は増え生活は豊かになります。「1億総中流」と言われた時代です。 画一的な教育を受け、画一的なビジネスモデルで豊かになった。実にわかりやすい画一的な幸せ実現のモデルが約40年に渡って日本人の価値観を支配した結果、多様な価値観を持つ必要がなかった。かなり荒っぽい理屈ですが、そんな感覚があります。 多様性の対義語は「画一性」です。「画一性」と「多様性」は本編でも触れた「規格」と「規格外」という構造と似ています。画一的な価値観で幸せになれた時代を経験した事で「画一性」が正しく「多様性」は正しくない。翻って「規格内」に収まるのが正しく、「規格外」は正しくない。そんな価値観が令和になった今でもまだこびりついているのかもしれません。 真山仁さんは、「多様性」とは人の数だけ正しさがあることを認めるということ、と述べています。「規格外は個性」と、当たり前に呼ばれる世の中はいつになるのでしょう。それは、我々次第なのかもしれません。...