2021年5月3日 0035:吾唯足知
吾唯足知
京都の龍安寺といえば枯山水の石庭で有名である。
中学時代、修学旅行で訪れた私は、その石庭よりも石でできたつくばいに目を奪われた。
そこには“吾唯足知”と書かれていた。「われただ足るを知る」と読む。
今年の3月は東北大震災から10年の節目である。多くの人達がこの10年を振り返っているに違いない。
食べる通信も東北大震災が無ければ生まれていなかった。
そして、この10年は日本中が身を以て自然災害と向き合った10年のような気がしてならない。
私個人に関係する災害でも、2012年の九州北部豪雨、2016年の熊本地震、2017年の2回目の九州北部豪雨、2018年の西日本豪雨、
2019年の東日本台風、それ以外にも数えたらキリが無い。そして2020年のコロナ禍である。
一方で、これからの10年は人類にとって未来への分岐点となる10年と言われている。
NHKスペシャルで放送されている『2030未来への分岐点』では、地球温暖化、水・食料問題、プラスチック汚染など
世界規模の課題を事実と詳細な研究データを元に映像化し、地球が危機的な状況に陥っている事を訴えている。
我々は物質的豊かさ、経済成長を追い続けてきた。その代償が身近な課題として顕在化している。
特にCO2の排出量が増大した事でもたらされた地球温暖化についてはもう待ったなしだ、と訴えかけている。
その課題を、我々はテクノロジーで解決しようとしている。量的成長を止めずに、というのが前提だ。
果たして、それは実現可能なのか。
例えば、赤字企業が業績を回復させ黒字化を目指す際、経費はそのままで売上だけを伸ばす事で黒字化できると考えるだろうか。
できるかもしれないが長い時間が必要だ。緊急性が高い時ほど、経費を減らし、その上で売上を上げるという手段が取られるはずだ。
つまり、経済活動によって排出されるCO2の量を削減しながら、CO2の出ない(少ない)テクノロジーの導入を同時に進めるべきである。
「それは、節約、倹約、我慢を強いる事で長続きしない」と言う意見も多い。だからこそ、短期集中的に取り組むべき事とも考えられる。
とはいえ、我々は一旦手にした豊かさを手放す事は極めて困難である。そのジレンマに悩んでいる人も少なくない。
龍安寺のつくばいは、飽く事なく欲望を満たしてきた現在の我々に何を問いかけているのだろうか。
皆さんは“足るを知る”実現できると思いますか?そしてどの程度あれば“足る”を実感できますか?